しぐれ庵

ロンリー・ウーマンが棲む自由空間から発信します。

朝ドラ『半分、青い』はスピリットメイトの物語

9月29日、『半分、青い』が終了した。
脚本は北川悦吏子のオリジナル作品。
それまでのわたしは、北川悦吏子には関心がなかった。
恋愛ドラマの神さまといわれる北川悦吏子が脚本を書いたドラマも観たが、あまり感銘を受けなかった。

が、『半分、青い』はダントツによかった。
話の展開が早く、退屈しているヒマがなかった。
佐藤健にとって、律ははまり役だったと思う。
佐藤健にしか演じられない律が存在する。
『半分、青い』に限らず、朝ドラの役者が主役はもちろん、脇役であっても輝いているのは、脚本がいいからだ。

印象深かったシーンをあげてみよう。

①鈴愛と律の初めてのキス

離婚後、退職した律と鈴愛が共同開発しているそよ風の扇風機の研究のため、律は徹夜になり会社(スパロウリズム)のソファーに毛布をかけて眠っていた。
朝、出勤した鈴愛に律は眼を閉じたまま、「入らないか」と誘う。
夢うつつのような感じで、ふたりはそっと唇を重ねる。
一瞬のできごと。
このシチュエーションでなければ成立しなかった、幻の時間。

同時期に、わたしは村田沙耶香の長編「地球星人」が『新潮』5月号に一挙掲載されたのを読んだ。
まさに傑作なのだが、そこに登場する奈月といとこの由宇の関係が、鈴愛と律の関係とぴったり重なる。

長野県にある奈月の父親の郷里・秋級で、奈月と由宇は毎夏、小学生同士の恋人として会っていた。
ふたりは小6のとき、祖父の葬式で行った秋級で「セックス」をする。
奈月が宙宇を誘導したかたちだが、宙宇が幼なすぎて肉体関係は成立しないが、この描写がすばらしい精神世界を構築している。
それは、まさに鈴愛と律の初めてのキスの世界と酷似している。

奈月と宙宇は、秘密を共有している。
奈月はポハピピンポボピア星人のピュート(ハリネズミのぬいぐるみ)から、地球を守る使命を託されている魔法少女だ。
宙宇は自分が宇宙人だと認識している。

鈴愛と律は1971年7月7日、同じ日に同じ病院で生まれた。
ふたりが生まれ育った岐阜県の田舎、梟町がドラマの主要舞台になる。
七夕がドラマでは大きな因子として機能している。
鈴愛が律を理解している以上に、律が鈴愛を理解しているようにドラマでは描かれている。
鈴愛の突飛な言動に対して、律は顔色を変えず受け入れる。

幼馴染が成長して40歳になった時点で、最終回となる。

東日本大震災が発生した2011年の7月11日、鈴愛と律が共同開発した「そよ風ファン」の発売記念パーティが、梟町のつくし食堂で開かれた。
鈴愛が、がんの手術をした母親のためにそよ風の扇風機をつくりたいと発奮したので、「マザー」と商品名は変えられた。

「地球星人」で秋級(あきしな)に該当するのが、『半分、青い』では梟(ふくろう)町。
単なる田舎ではなく、ユートピアとして描かれている。

鈴愛と律、奈月と宙宇は、スピリットメイトだと思う。
映画『君の名は。』の三葉と瀧の関係と同じだ。

余談だが、奈月が34歳のとき、偽装結婚した男が秋級に興味を示したので、秋級でひとり暮らしをする宙宇を訪ねる。
そこから3人の奇想天外な物語が展開するのだが、わたしには近未来の地球に視えた。
いまの地球のほうが、よほどおかしい。

②律の結婚に衝撃をうける鈴愛

28歳になった鈴愛は、漫画家としての才能に限界を感じていた。
ストーリーが描けない。

律から結婚を知らせるハガキを受けとった秋風は、悩ましい顔をしていた。
意を決して秋風が律の携帯に電話をした。
律は会社にいたので、屋上に移動する。
ハガキをだしたのは妻のより子だったらしい。
律は鈴愛に振られてショックだった、と秋風に告白する。

鈴愛にも同じハガキが届き、母親の晴さんに電話をして事実確認をする。

呆然自失の鈴愛は、新作漫画の締め切りを放棄し、秋風ハウスから姿を消す。
手にハガキを握りしめ、着の身着のままで大阪の律の家のまえに立つ鈴愛。
2階のベランダに姿をあらわした律の妻らしき女性は、家に案内すべく声をかける。
「いま、お義母さんがいらっしゃってるのよ」と余裕のある顔でいう。

逃げるように立ち去る鈴愛。

短いシーンだが、わたしは胸をえぐられる想いで観た。
まず思ったのは、笛を吹いて「りつーっ」と呼んでも、律には鈴愛より優先すべき女性がいる。
かつて夏虫駅で律にプにロポーズされたとき、「無理」と即答した鈴愛だった。
「いまは漫画を辞められないので、東京から離れることはできない」という意味だったが、律は振られたと解釈した。

失ってみてはじめてわかった律の存在感。

③仙吉が88歳で大往生

1920年生まれの仙吉を演じたのは、中村雅俊。
歌のうまいおじいちゃんとして登場する。
歌手だったことを忘れさせるほど、役者としていい味をだしていた。

離婚して娘のカンちゃんと実家に戻った鈴愛は、五平餅の店をオープンしようと、仙吉から特訓を受けていた。
ふだんはやさしい仙吉だが、五平餅づくりに関してはなかなかきびしい。

仙吉は自室で座椅子にもたれかかっていた。
なんとなく画面から仙吉の死を感じさせるような空気が漂う。
カンちゃんがやってきて、「保育園で昼寝できなかった」といい、仙吉の胸で眠ってしまった。
仙吉は「幸せや」とつぶやきながら眠るように絶命。

鈴愛の努力の成果があり、師匠の味を超えたと評価された五平餅を、さっそく師匠に味見してもらおうと仙吉の部屋に入った鈴愛は、座椅子で息絶えている仙吉を発見する。

2号店のオープンをみることもなく、鈴愛の完成した五平餅を味わうこともないまま、仙吉は逝った。

「楽しみにしたまま死ぬのも幸せ」という仙吉の人生哲学である。

④律の母・和子が拡張型心筋症を患う

律の母・和子(わこ)を演じている原田知世は、若いころより美しくなったとわたしは思う。

律の父親・弥一を演じる谷原章介は、聡明で微笑を絶やさないが、肝心なところをいつも押さえている。
優等生の律の大学受験に際し、息子の「学力」を冷静に把握していた弥一に脱帽した。

萩尾写真館を営む萩尾家は、、洋風の家に住み、静かで理想的な家庭だ。
つくし食堂を営む楡野家は、にぎやかでみんなが大声で笑っている。
律と鈴愛は、家のカラーである動と静を体現している。
鈴愛の弟・草太は、楡野家にしては上品だ。

律の母・和子さんは、鈴愛の母・晴さんのよき相談相手で、的確なアドバイスを穏やかな口調でできる才女だ。

鈴愛が離婚して梟町にもどったころ、律は母・和子を看とるため、実家から通える勤務地に単身赴任していた。

遠く離れていた2本のレールが近づき、並行して走っているという安心感がある。

ある日、カンちゃんが萩尾家を訪ねると、和子さんの体調が悪く、自室のベッドで寝ていた。
カンちゃは、和子さんに歌をうたいたいといい、2階へ上がる。
和子は「入ってもいいよ」といったが、カンちゃんは恥ずかしいからと、ドアごしに童謡「ふるさと」をうたう。
律の声も混ざっている。
それを聴きながら声を殺して泣く和子さんの姿に、わたしは打たれた。

やさしい夫とやさしいひとり息子に見守られている和子さんは、死にゆくものの孤独感をにじませていた。
いつも明るくふるまっている和子さんの内面が、噴出した感じだ。

おもしろいのは、カンちゃんが実の父親のように律になつき、律を呼ぶ笛を鈴愛から譲り受け、「りつーっ」と律の家のまえに立ち、律の部屋にむけて叫ぶのである。
以後、笛が鳴ると律は、「鈴愛か、カンちゃんか?」とつぶやく。

なお、和子さんは律と鈴愛の結婚を望んでいて、弥一も口にはださないが、同感のようだ。
律の妻・より子は律の出世にしか興味がなく、律の両親とも疎遠だ。
のちに離婚したのは、律が出世コースからはずれたからか?

    §

ドラマが終了してから、自然の流れで脚本を書いた北川悦吏子のツイッターをみるようになった。
なにか様子がおかしいと感じていたら、北川悦吏子は慶應病院に入院していた。
脚本執筆中に2度入院したが、病院で執筆をつづけ、1度も原稿を落とさなかったという。

調べてみて、驚いた。
北川悦吏子は国が難病に指定している炎症性腸疾患を患い、2010年に大腸全摘手術を受けた。
さらに2012年、聴神経腫瘍により左耳が聴こえなくなった。
ドラマの鈴愛と同じである。

自らNHKに企画をもちこんで朝ドラの脚本を書いた北川悦吏子は、書くことで救済されたのだろう。
が、肉体は悲鳴をあげていた。
生と死、ぎりぎりのところで書かれた『半分、青い』は密度が濃く、忘れがたい作品である。